『お好み焼き』
ライトユーザーかヘビーユーザーかによって変わってくるかもしれませんが、僕はホールにおける思い出を大別すると「美味しい経験をした店」と「日々通っていた店」の2つに分けられると考えてます。
ホールの状況も目まぐるしく変化する昨今において、お財布事情をクリアした上で「日々通い続けることができる」ハードルは年々上がってきている気はしますが、僕は後者の店との付き合いにパチンコ・パチスロの楽しさを感じてきました。もちろん、グランドオープンやリニューアルオープンで盛り上がってる店にお祭り気分で参加して、勝てる楽しさの上澄みを味わう戦いも面白いのですが、後者の「日々通っていた店」の思い出は、状況的に通うことができなくなっても懐かしさで行ったり、残念ながら潰れてしまった時には一緒に打っていた友達と跡地を見に行ったりと、対自分の戦績という概念を超えて感情移入していることが多く、昨今の流れで苦戦を強いられている店だとしても1ユーザーの気持ちとしては、なくならずに存在していて欲しいです。
ただ、打ち手というのは西野カナさんの「トリセツ」の歌詞のように身勝手なもので、後の祭りには参加したがるのに苦境にいる店のことを好きでも雰囲気に流され、ないものねだりをして別の店に行って負け、戻ってきては勝って、勝ったのにまた別の店に負けに行く、という不思議ちゃんな行動をする生き物です。もちろん、僕を含めて。
男を手玉にとる、めちゃくちゃ良い女の気分で語ってしまっておりますが、どうせ負けるなら応援したい店で負けるという感覚が結果、自分を助けるという境地(回り回って台を大切に扱ってくれるんじゃないかという)に現在の打ち手が達するのは困難で、つづり続けるにはかなり無謀なラブレターであるのは間違いありません。
ただ、収録の朝、並んでいる常連さんの名前を覚えている店員さんが気さくに声をかけ「あら、今日はテレビで見た人が来てるのね」「そうなんですよ、告知はしてないんですけど」「話しかけちゃおうかしら」なんて会話の光景を見ると、きっと常連さんにとってはかけがえのない店で、ずっとそんな日々が続いて欲しいなぁなんて、無責任ながら、自分が通っていた店を思い出しながら、考えてしまいました。
なんとかなりませんかね。潰れてしまった馴染みの店がなくなる前に一目見ようと、地方から来た友達と一緒にそんな話もしました。例えば今は選挙の時期ですが、住民登録で管理された地区ごとに好きなホールに投票できる制度をつくって、地区ごとに選ばれた店には国から助成金が出るとか……海の泡リーチに期待する以上に夢物語なのは承知の上で、なんですけどね。
当ブログを読んでくださっている方々より、遥かに若輩者の僕ですが、言論の自由とお酒の力に甘えてこんな話をすることが度々あります。業界の先輩方の話を聞くと、暗いものも多いので何とか、僕の立場でできることを考えている次第であります。告知などが厳しくなったのであれば、いかに告知をするかではなく、逆に一切告知をしないでお客さんを呼ぶ方法はあるか、など(これは地道に店のリズムを知ってもらうしかないと考えているのですが)、少なくともメディアに出ている以上、和を乱さずにできることはゼロじゃないので、何らかを模索していけたらと思います。
和を乱さず、その場所にとっての、良い意味での、歯車になれたらなぁ。
収録後にパチンコ談義をしながら、目の前にあったお好み焼きのようにありたいと思った次第であります。
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